アトラディウス地域経済見通アジア版

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2023/03/07

経済の回復は勢いを失っているものの、一時的な現象である

  • アジアの景気回復は明らかに勢いを失っています。2023年、中国とタイの成長率は昨年をはるかに上回ると予想されてい ますが、金融環境の逼迫や外需の低迷により、それ以外のアジア諸国の景気は後退傾向にあります。しかし、2023年に入っ てから、こうした逆風による影響は徐々に弱まっています。来年の成長率は正常なレベルに戻るでしょう。
  • 外的衝撃からのレジリエンス(回復力)が向上したことは、ASEAN5か国にとっては有利に働くでしょう。過去20年間、 経済力と金融制度の強化を軸にした発展を遂げ、海外投資にとっても魅力的な市場となっています。後者はインドにも当て はまり、近年、ビジネス環境は著しく改善されています。しかし、タイと韓国では家計負債増に伴うリスクに直面しています。
  • 短期的に見ると中国経済は好調ですが、構造的な成長の鈍化に直面しています。中国がいわゆる「中所得層の罠」に陥る 危険性をはらんでいる理由として、高齢化社会、労働力市場のミスマッチ問題、生産性の伸びの鈍化、サプライチェーンの 変化、地政学的な対立などが挙げられます。
  • アジアが抱える中期・長期的なリスクと言えば、地経学的な分断が進んでいることでしょう。アジアの一部の国ではサプ ライチェーンの多様化が有利に働いていますが、地政学的要因による地経学的な分断の進行は特にアジア全域に大きな経済 損失をもたらす可能性があります。

この数十年間、アジアは世界で最も高い経済成長を遂げた地 域と言われてきました。同地域の経済国は、新型コロナウイ ルスのパンデミック(世界的大流行)による低成長またはマ イナス成長から、堅調な回復を見せています。ワクチン接種 促進キャンペーンや財政刺激策の効果もあり、予想通り、 2022年まで経済回復が継続しました。しかし、ロシアによる ウクライナへの軍事侵攻や地政学的な緊張状態の高まりな ど、予期せぬ逆風が吹きました。すでに高かったインフレ率 がさらに上昇し、中央銀行は金融引き締め政策を導入、ある いは継続せざるを得ませんでした。さらに、厳しい行動制限 を伴うゼロコロナ政策を長期間継続した結果、中国は経済成 長の重要な時期に遅れを取ってしまったのです。

来年の経済情勢は、金融情勢の引き締め、世界経済環境の弱 体化、地政学的緊張の悪影響が主流になりつつも、中国経済 の再開による刺激によって相殺されるでしょう。ほとんどの 経済国は、レジリエンス(回復力)が向上しているため、さ まざまな逆風にも動じず、衝撃を吸収する力がついているよ うです。同時に、地政学的な動向は予測が困難であり、地域 や世界の成長見通しに対する下振れリスクは高くなります。 これは昨年に得た教訓だと言えるでしょう。

勢いを失いつつある景気回復

現在のアジアの主要な経済国1 の景気回復は、後退傾向にあり ます。ほとんどの国で、今年のGDP成長率は2022年を下回っ ていますが、来年は再び正常なペースに戻るとみられていま す。2024年は成長が加速すると予測される理由として、厳し いゼロコロナ政策の大幅緩和とともに中国経済が回復するこ とが考えられるからです。しかし、中国経済に対する過度な 楽観論は警戒しなければなりません。今年初めの段階では、 中国のゼロコロナ対策の終了が景気回復にどの程度の影響を もたらすのかは不明です。繰り延べ需要と過剰な貯蓄の反動 で、中国の民間消費は伸びるものの、消費者の信頼感は低 く、しばらくは支出を抑える可能性があります。国内経済の 再開に伴い、企業の新規投資への意欲は高まると思われます が、先進国の外需低迷や不動産景気の低迷も足かせとなって います。中国はほとんどの国にとって最も重要な輸出先であ り、重要な直接投資元でもあるため、中国の経済発展はアジ ア地域にとって非常に重要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国への輸出輸出総額に占めるXの割合(2021年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

経済活動の再開に加えて、「積極的」で「成長促進」と政府 が称する財政政策と緩和的な金融政策が成長を支えると思わ れます。インフレ率は昨年の2.0%から、2023年と2024年は 平均で2.4%に上昇するでしょう。国際的な物価上昇の鈍化に よって、国内の物価上昇が抑制されるため、さらなる物価高 騰の可能性は低いでしょう。

こうしたインセンティブがあるにもかかわらず、前述のマイ ナス要因があるため、今年の中国経済の成長率はおそらく 4.5%を超えることはないと考えられます。昨年のGDP成長率 はわずか3.0%でした。2024年については、民間消費が依然と して原動力となり、成長率は今年より若干高くなると予想し ています。その後、輸出の成長も再び加速すると思われます が、輸入の増加により、純対外貿易高はGDP成長にほぼ影響 をもたらさないでしょう。一方、中国経済の根底にある成長 プロファイルは、決してポジティブとは言えないのが実状で す。複数展開している不利な状況が構造的な成長を阻害する 要因になっており、当局機関もこれを変えるのは容易なこと ではありません。

失速する中国の成長エンジン

中国は世界の工場として発展し、数十年にわたり急速な経 済成長を遂げてきました。しかし、2010年以降をみると、 経済成長率は低下傾向にあります。実質GDP成長率は10年 間で4%を下回り、2031年から2050年にかけて平均2%程度 まで低下すると予測されています。このような構造的な成 長鈍化は、中国がいわゆる「中所得層の罠」に陥る危険性 を意味します。このような比較的悲観的な見方には、以下 のような要因が挙げられます。

1. 発展の初期段階で迎えた高齢化

中国の総人口に占める労働人口の割合は、急速に減少して います。他のG20諸国と比較すると、はるかに早い段階か ら高齢化に対応しなければならないのです。

2. 労働力市場のミスマッチ問題

中国の労働人口の大部分は技能が低く、一部は必要以上に 教育レベルが過剰に高いという格差が生まれています。こ うした労働力市場のミスマッチにより、高度化した製造業 の今後の業務に適した労働力を見つけるのが難しい状況に なっています。

3. 生産性低迷

中国の製造業の生産性は2000年代に目覚ましい成長を遂 げたものの、それ以降はほとんど上昇していません。経済 に占める新興企業の割合が低下し、業績の悪い旧来の国有 企業の割合が依然として高いままです。ここで逆効果なの は、政府がハイテク企業を囲い込み、本質的なイノベー ションにブレーキをかけ、経済効率を犠牲にして自立を重 視することです。

4. グローバルなサプライチェーンの変化

新型コロナウイルスのパンデミックと地政学的な展開によ り、世界中の政府や企業が、重要なサプライチェーンの脆 弱性リスクの軽減に取り組むようになりました。ハイテク など一部の分野だけとはいえ、デカップリング(分断)に よって技術や知識の交換は必然的に減るため、中国の成長 力は悪影響を受けることになります。

5. 地政学的な対立

米国によるハイテク製品の対中輸出規制をはじめとする米 中貿易戦争は、中国のテクノロジー分野の発展にブレーキ をかけることになりそうです。

詳細は、「失速する中国の成長エンジン」アトラディウス経 済調査(2023年1月)をご覧ください。 

 

日本と韓国でみると、他の先進国と同様、2023年の消費の伸 びと企業投資には高インフレが悪影響を及ぼすでしょう。物 価上昇圧は今年の第1四半期にピークを迎えるものの、物価上 昇は続くため、国内需要が年内に回復する可能性は限定的で あると見られます。日本では、繰り延べ需要が物価高を一部 補い、昨年より低い水準ではあるが、消費回復の継続が期待できそうです。固定投資は、昨年のマイナス成長からプラス に転じ回復の兆し今年の下半期の輸出生産(特に自動車セク ター)輸出は、円高の影響もあり、伸びは期待できません。 2023年の日本経済の成長率は0.7%と緩やかですが、年間通じ て徐々に伸びて来ると思われます。来年の実質GDP成長率 は、主にインフレ率の低下と外需の強さにより、1.3%程度ま で加速すると思われます。

 

韓国の輸出対GDP比は他のアジア諸国ほど高くありません が、輸出は経済実績にとって極めて重要です。そのため、 2023年は世界的な成長鈍化と半導体サイクルの低迷により輸 出が大幅に縮小し、その後は韓国の主要輸出先の回復が見込 まれるため、輸出と設備投資の両方が回復すると予想されま す。また、今年後半には、中国からの訪韓観光客の回復もプ ラスに働くでしょう。民間消費については、概ね日本と同じ ような見通しとなっており、インフレ率の相対的な高さによ り上半期は弱含み、インフレが沈静化する下半期から2024年 初頭にかけて改善すると思われます。

しかし、インフレ率の上昇に対応して中央銀行がこのサイク ルで政策金利を累積300bpという史上最も急激なペースで引 き上げたこともあり、低調な出だしとなりました。韓国の家 計の負債比率はGDPの106%と世界最高水準にあり、高金利は 家計に重くのしかかっています。金融引き締めに加え、当局 は家計信用増加(家計債務の伸び)を抑制するマクロプルー デンス措置を実施したほか、需給の不均衡に対処するために 住宅供給の増加を計画しています。これらの施策の効果は、 預託機関の住宅ローンの減少や住宅価格の下落などの形で現 れていますが、今後も消費支出の抑制は続くと思われます。 韓国経済の成長率は、2023年に0.8%、2024年に2.7%程度と 予想されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

韓国 GDPに対する家計の負債比率

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インドを支えるビジネス環境の強化

インドでも、借入コストの上昇と輸出需要の鈍化が経済活動 の足を引っ張っています。昨年の家計消費は主に繰り延べ需 要に支えられ、前年比約12%増と好調に推移しています。しか し、物価上昇圧力が続く中、金融政策の波及効果が出始めて おり、消費者は以前より慎重になっています。金利の上昇と 主要な輸出市場の減速が投資計画を圧迫し、民間の設備投資 は昨年と比較すると低調です。しかし、世界的な物価上昇が 徐々に緩やかになることで、製造業の業績も改善されると思 われます。また政府支出の増加は昨年を上回っています。歳 入が増加すれば、財政赤字を悪化させることなく、政府は支 出を増やすことができます。しかし、財政再建のペースが遅すぎて、政府の負債比率の上昇を防ぐことができない状態で す。今年の公的債務は、GDPの60%以上になると予想され、 広範な一般政府の債務比率はGDPの90%近くになります。政 府が財政再建への取り組みを強化し、国債発行で資金を調達 すると予想されるため、信用格付けの引き下げは考えられな いでしょう。2023年の実質GDP成長率は4.8%と予想されてい ますが、昨年の6.9%、およびパンデミック前の平均を下回り ます。しかし、2023年のインドはアジアの経済国の中では依 然として良好であり、2024年のGDP成長率は6.8%に上昇する と見られています。

インドが比較的好調なのは、インフレ率の急上昇が他国に比 べて深刻ではなく、GDPに占める輸出の割合が比較的小さい ため、外需不振の影響がかなり抑えられるからです。こうし た周期的な優位性に加え、インドのビジネス環境が段階的に 改善されていることが有利に働くと思われます。ガバナンス の改善、労働法や投資優遇制度の変更が製造業の成長を支え ています。インドでは、官僚主義などの問題が依然として 残っています。一方、世界銀行の「ビジネス環境ランキン グ」で躍進したことからも明らかです。2015年~2020年の期 間で、インドは134位(189か国中)から、ベトナム、インド ネシア、フィリピンなどを抜いて63位まで上昇しました。事 実、サプライチェーンの多様化を目指す国際的な企業の多く が、インドでの生産活動を拡大しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実質GDP成長率(%)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ASEAN 5か国2の成長低迷は一時的なものである

タイを除く東南アジアの5大経済国は、2022年に力強い回復 を示しましたが、今年は成長率が失速すると思われます。こ こでも、金融の引き締め政策と外需低迷が主な理由です。後 者の外需低迷は、ベトナム、タイ、マレーシアで特に深刻 で、インドネシアでは大きな問題ではありません。インドネ シアでは、民間消費と企業投資の伸びが減速するものの、商 品輸出が順調であることから減速が緩和される見込みです。 今年後半には、改正されたオムニバス法の恩恵を受け、特に建設・鉱業分野で民間投資が活発化すると見られています。 GDP成長率は、昨年の5.3%から2023年には3.6%に低下しまし たが、2024年には5.5%に再び上昇すると予測できます。

ASEAN地域(そして世界)の諸外国の中で、今年GDP成長率 が加速しそうなのがタイです。中国のゼロコロナ政策が終了 したことも追い風となり、観光客数は今年中に増加すると予 想されています。タイでは、逼迫した労働市場を背景に所得 が増加していましたが、観光客数の増加によって、それにさ らに拍車がかかりそうです。しかし、近年は他のASEAN5か 国と比較すると経済成長が鈍化しており、2023年も向かい風 を受けることになりそうです。昨年の高いインフレ率が実質 所得の増加にブレーキをかけ、外需の低迷が輸出の伸びを抑 制しています。実質GDPをみると、昨年の2.6%から今年は 4.0%になり、2024年には4.4%に上昇すると思われます。

タイ経済にとって長引くリスクがあるとしたら、パンデミッ ク期間中にGDPの90%近くまで増加した家計の負債比率の高 さです。今後数年間は、高いインフレ率にもかかわらず、中 央銀行は積極的な金利上昇を控えるため、家計は景気回復の 恩恵を受け、問題はないと言えるでしょう。しかし、長期的 には民間消費に影響を与え、金利上昇や所得減少の際には金 融セクターが破綻する恐れもあります。

ASEAN5か国のレジリエンス(回復力) が向上

タイの家計負債の問題は、ASEAN5か国が経済的な課題を 克服し、将来も成長維持を追求するのに適した状況にある という事実を変えるものではありません。こうしたレジリ エンス(回復力)は、1990年代後半に金融危機に襲われた 「アジア通貨危機」以降に起こった展開に起因していま す。第一に、ほとんどの国が商品輸出への過度の依存から 脱却し、多様化を進めました。第二に、これらの国の政府 は歳入増と対外債務減を図り、物価の安定維持に力を入れ たことです。第三に、道路、港湾、空港、通信に大規模な 投資を行い、インフラを改善したことです。これにより、 接続性が向上し、外国人投資家にとっても魅力が増しまし た。第四に、ほとんどの国が、銀行セクターのレジリエン ス(回復力)を高め、規制や監査を改善し、金融包摂を促 進する措置を実施することで金融システムを強化してきた ことです。こうした動きを総合すると、世界的な景気後退 や物価の変動、新型コロナウイルスのパンデミックといっ た外的ショックに対するASEAN5か国の対応力が高まって いることがわかります。これによって、これらの国々で も、インドの場合と同様に近年進んでいるサプライチェー ンの多様化というプロセスの恩恵を受けることができるの です。

フィリピンは、昨年に好調だった成長率が鈍化し、他のアジ ア諸国よりも低調がやや長期化しそうです。2022年12月に前 年比8%となった高いインフレ率は、長期化する金融引き締め 策と並んで、次の四半期の国内経済活動の重荷となりそうで す。世界的な燃料価格上昇の緩和と金利の上昇に対する国内 需要の段階的調整は、インフレ率がピークに近づいているこ とを示しています。しかし、インフレ率は今年の中央銀行の 目標である2%~4%を超えたままであり、家計にとってはさら なる逆風となるでしょう。一方、外需の見通しは依然として 低調であり、輸出セクターにとっては明るい兆候とは言えま せん。昨年7.6%という高い伸び率を示したGDP成長率は、お そらく今年は4.1%まで鈍化すると思われます。この地域にお いては最も高い伸び率ではあるものの、消費者主導のフィリ ピン経済は高インフレに影響を受けやすく、民間消費が上向 きになるのは今年の後半になるでしょう。海外企業の市場参 入・所有規制の撤廃が進み、サービスセクターが回復してい ることから、民間投資の見通しは良好です。2024年のGDP成 長率は4.5%と、フィリピンとしては比較的低いものの、それ でも地域の平均成長率に近い数値になるのではないかと予想 されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消費者価格前年比変動(%)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マレーシアの場合、フィリピンとは異なり、主に外需の低迷 が原因で経済成長が鈍化しそうです。2022年は好調なうちに 幕を閉じましたが、2022年末の輸出の落ち込みにより、 2023年前半は経済の勢いが減速すると思われます。中国経済 が再開されても、他の市場の弱さを補うまでにはならないで しょう。また、輸出の低迷が内需に波及することも予想され ます。2023年は政府の事業や民間の住宅開発投資が景気を支 えると思われますが、輸出の低迷が企業の投資を圧迫する可 能性が高くなるでしょう。雇用や賃金はあまり上向かず、個 人消費にブレーキがかかりそうです。下半期は、観光客数の 回復が見込まれることからサービスセクターの事業が活発化 し、継続的なインフラ整備が投資支出を下支えすることから、良好な見通しです。また、マレーシアのインフレ率が他 の地域と同レベルまで上昇していないこともプラスの要素で す。つまり、中央銀行は公定歩合の引き上げを限定的にしか 行っていません。今年の実質GDP成長率は2.7%に留まり、日 本、韓国に次いで低い数値になると予想されます。来年につ いては、再び上向きで、4.8%という健全な成長を達成すると 見ています。

ベトナムは2022年に力強い経済成長を見せ、GDPは8.0%と 25年ぶりの高い伸びを記録しました。しかし、現在、同国で は成長の著しい鈍化が見られます。輸出中心の製造業が外需 の低迷に見舞われ、繊維などの国内の産業にも、大量解雇と いう形で影響を及ぼしています。インフレ率は昨年、中銀の 目標である4%を上回り、すぐに低下することはないと予想さ れます。したがって、通貨の下落圧力に対応するべく、中央 銀行は金融引き締め政策に移行しており、個人消費に悪影響 をもたらすと考えられます。今年は、インバウンド観光の回 復、昨年以上の積極的な財政支援政策、海外企業の製造拠点 のベトナム移転またはベトナムからの部品調達などが後押し となって、経済は再び堅調に伸びる可能性があります。しかし、 成長率については、今年は4.0%以下、来年は5.3%以下と、ベ トナムの基準では低い成長率に留まると見られています。

特にアジア全域における地経学的な 分断の影響

近年、地政学的緊張や自然災害、新型コロナウイルスの感染 拡大などさまざまな要因から、アジアにおけるサプライ チェーンの多様化が注目されています。多くの企業が、サプ ライチェーンを多様化し、生産・流通の単一供給元への依存 度を下げる新しい方法を模索しています。

新型コロナウイルスのパンデミックは現在ほぼ収束している ように見えますが、政府および国際的に事業展開する企業の 双方で、グローバルなサプライチェーンの脆弱性に対する認 識が高まっています。パンデミックは大きな混乱を引き起こ し、多くの企業の調達戦略を見直すきっかけとなりました。 感染率の低い国に生産拠点を移した企業もあれば、供給不足 のリスクを減らすためにサプライヤーの多様化を図る企業も ありました。

サプライチェーンの多様化の原因となり、長期的に影響を与 えると考えられる要因の一つが、米国と中国の貿易摩擦で す。多くの企業が、貿易摩擦がさらに激化した場合の関税や サプライチェーンの混乱のリスクを回避するために、代替の 製造・調達先を模索しています。これは、ベトナム、タイ、 マレーシア、インドなどのアジア諸国にとってプラスであ り、サプライチェーンの多様化を進める企業から多くの投資 を呼び込んでいます。中国からの撤退とこれらの国々への生 産移管は、中国の人件費高騰によって始まったプロセスに加 えて起こっているものです。しかし、今後も消費者志向の企 業にとっては中国は重要な成長過程にある販売市場なので、 移転は特定の分野に限定され、緩やかなものにとどまると思 われます。さらに、サプライヤーや製造拠点の多様化に加えて、デジタル技術や自動化の活用など、サプライチェーンの 管理方法を模索している企業もあります。サプライチェーン の可視性や透明性向上を目指し、人工知能やブロックチェー ン技術などのテクノロジーに投資している企業もあります。

サプライチェーンの多様化プロセスは、それが地政学的緊張 に起因している限り、中国と米国の経済の潜在的なデカップ リングの一部とみなすことができ、プロセスが拡大している 場合は、金融と貿易の流れの地経学的分断とみなすことがで きます。

米中間の地政学的な対立、そして中国と他の西側諸国との摩 擦は、自由貿易や知識の交換などを含む、国際協力で得られ るメリットを無にしていると、複数の研究が結論づけていま す。後者については、具体的にどの程度のデメリットがある のかを数値化することはできませんが、オックスフォードエ コノミクスの試算では、緊張状態の高まりが技術的なデカッ プリングにつながった場合、西側諸国よりも中国にとって不 利に働くことになると指摘しています。中国のGDP成長率が 中期的に約0.3%ポイント低下するのに対し、米国やEUは0.1% のポイント未満の低下にとどまります。この違いが生じる大 きな理由は、知識移転の影響力の差でしょう。さらに、国内 の研究開発は非常に重要ですが、海外の知識波及は生産性に 対する知識の貢献度のほぼ3分の1を占めています。

国際通貨基金(IMF)が最近発表した「アジア太平洋地域経 済見通し2022」は、このような分断化の傾向、特に世界がブ ロックに分割されるような急激な細分化が続けば、世界、特 にアジアに大きな経済的損失が生じる可能性があると指摘し ています。長期的なモデルシミュレーションに基づいて、 IMFの研究者は、世界が各貿易圏に分割されるという急激な 分断のシナリオでは、世界の製造業と貿易における重要な役 割を考えると、アジアにもたらされる損失は特に大きく、永 続的なものになると結論付けています。

数十年にわたるグローバル化による国家間の結びつきでさえ 強く、一朝一夕に簡単に元に戻せるものではありません。広 範囲にわたる経済のデカップリングなどいまのところありえ ません。とはいえ、貿易分断化への圧力の初期兆候は、貿易 の不確実性に関するデータにはっきりと現れており、これは 米中貿易摩擦の中で2018年に急増したものです。2022年初頭 からは、ウクライナへの軍事侵攻に対するロシアへの経済制 裁により、将来の貿易関係をめぐる不安定感が高まっていま す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有害(危険)貿易規制の件数

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうした不安定感の高まりは、投資の減少や海外に製品 を提供する企業の減少につながるため、その影響も軽視でき ません。その結果として、経済成長の低下と雇用の減少につ ながる可能性があります。これは、この数十年に渡るグロー バル化の恩恵とは真逆の結果です。最も極端なシナリオは、 ブロック間のエネルギーおよびハイテクセクターの貿易が排 除され、他のセクターに非関税障壁が生じる中、世界の年間 損失がGDPの1.5%に達し、アジア太平洋諸国ではGDPの3.3% に達する可能性あるというものです。

パンデミックの影響によるサプライチェーンの脆弱性の緩和 には、効率性に対してリスクに重きを置いて検討するという 合理的な背景があります。しかし、地政学的な理由による地 経学的な分断については、大きな経済的損失が発生する可能 性があることを考慮した方がよいでしょう。

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