インフレ予測はECB公式目標と連動

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2022/08/23

ユーロゾーンのインフレ率は高まっているが、中期的に見ると、インフレ予測は依然としてECBの公式目標から乖離していない

  • ユーロ圏のインフレ率は高く、欧州中央銀行(ECB)が設定した目標値である2%を大きく上回っています。
  • 現在のインフレ率の上昇は、新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)による混乱とロシアのウクライナ 侵攻によるエネルギー価格の上昇が主な要因です。当社はまた、インフレ予測はECBが設定した公式目標値から依然 として乖離していないと見ています。つまり、短期的にはインフレ率が下がると考えられます。簡単な計算でこの展 望を確認できます。
  • 中期的に見ると、インフレ予測は依然としてECBの公式目標から乖離せず、現在の緩やかな介入政策が理にかなって 見えると、当社は結論づけています。

ECBは静観する方針を変更

現在、経済界では高いインフレに話題が集中していま す。6月、オランダのインフレ率が11%を超えたほか、 ユーロ圏では軒並み9%近くになり、記録的な数値を残しています。また、インフレが、特に低所得者層の購買力 に影響を及ぼしていることは確かです。問題は、この高いインフレがいつまで続くかということです。この数か月、地政学的な動向も大きく影響し、エネルギー価格が高騰しています(図1参照)。エネルギー価格に対する圧力が緩和されれば、インフレも緩やかなものとなると思われます。この見通しであれば、金融当局が介入する必要はなくなるはずです。

しかし、ECBはこれ以上静観を続けるわけにはいかない と判断しました。6月9日に行われた記者会見では、7月に政策金利を0.25%引き上げ、国債購入プログラムを終了する意向を表明しました。さらに、9月に0.5%の追加 利上げを示唆しました。ただし、それは今後のインフレの動向にかかっています。

この記事では、ユーロ圏のインフレ率について読み解いていきます。当社が「現在のユーロ圏の高いインフレ率が長続きしない」と考える理由を簡単な計算を使って説明します。まず、エネルギー価格の高騰が再発する可能性は考えにくいのが理由の一つです。さらに、ユーロ圏の失業率は無視できないレベル(7%以上)であり、賃金上昇の足かせとなっているため、インフレの二次的な効果を抑えると考えられます。この点では、ECBは扉のカギのような役割を果たしているのです。確かに、インフ レ予測は高まっていますが、公式目標の2%から大きく外れていません。

 

 

Figure 1 Energy prices through the roof

 

 

エネルギー価格高騰による主な影響

この数か月間のインフレ率の上昇は、エネルギー価格の高騰が主な原因です(図2を参照)。しかし、価格指数全体に占める割合は11%で、影響は限定的です。ただし、 前年比で見ると、6月のエネルギー構成要素の割合は42% も大きくなっており、物価指数全体に非常に大きな影響 を与えています。つまり、今年6月のHICP(ユーロ圏消 費者物価指数)のインフレ率の半分近く(4.0%ポイン ト)は、エネルギー価格の高騰に起因していると考えら れます。食品(酒類・たばこを含む)は1.9%ポイント、 コアインフレ率は2.6%ポイントでした。

 

 

Figure 2 Energy dominant in high inflation

 

 

エネルギー、食品、コアの構成要素の割合を見るのではな く、個別項目の上昇率に注目すると、エネルギーは前年比で42%、食品が8.9%、コアインフレ率が3.7%と、さらに 大きな数値になります。インフレ高騰はエネルギー価格だ けではありません。食品価格も上昇しているほか、コアインフレ率でさえも現在2%を大きく上回っています。

エネルギーや食料の価格上昇は一時的なものと考えるこ とができます。ただし、コアインフレ率が上昇した場合 は、インフレが経済の他の部分にまで及んでいることを示すサインです。さらに、コアインフレ率は2021年10月 以降、すでに目標値である2%を上回っている状態です。 これは、2022年と2023年のインフレ見通しを上方修正したECBの判断基準にもなっています。とはいえ、インフ レが沈静化するとの見方もあり、ECBの介入は緩やかな ものにとどまっています。

インフレ率の鎮静化が見込まれる理由

ECBはインフレ率の鎮静化を考慮に入れているものの、 報道発表では具体的な理由は明言しませんでした。しかし、当然そこには理由があります。まず、この見解を支 持する議論を取り上げてみましょう。次に「エネルギー 価格高騰の再発は考えにくい」という見解をもとにした 当社の計算を紹介します。

第一に、この数十年間、インフレ率の穏やかな上昇を保ってきた基本的な原因が消えたわけではありません。パンデ ミックによって、多少は弱まった程度でしょう。ここで言う要因には (i) グローバル化(競争に参入するサプライヤーが増加し、価格が下落する)、(ii) 価格の透明性を高めるデ ジタル化、(iii) 労働参加率の低下、労働組合加盟者の減少、 移民を含む外国人労働者との競争による賃金の伸び悩み、 (iv) 高齢化による個人消費と総需要の減少が含まれます。 グローバル化(および移民)の動向は、パンデミックの圧力と地政学的な緊張からやや弱まったものの、グローバル 化から反転することはあり得ないことでしょう。

次に、2021年後半からのインフレ率の上昇は、当初は パンデミック収束後の経済活動の回復を主因としていま した。パンデミックの間、総需要は主に政府からの補助 金によって支えられていました。しかし、ホスピタリティ、イベント、旅行などのほとんどのサービス業は営 業を停止している状態が続いたため、需要は電子機器、 家電製品、(アウトドア)スポーツ用品などの商品にシフトしました。これによって、国際的なサプライチェーンへの圧力が高まり、納期の遅延や価格高騰の形で反映さ れるようになったのです。輸送の分野では、特にコンテ ナ輸送で港に渋滞が発生し、これも価格が上昇する要因 になりました。パンデミック(世界的な大流行)が国や 地域ごとに異なる「エンデミック」に変化し、大半の産業セクターが活動を再開した今、サービスに対する需要が急増しています。相対的に商品に対する需要は低下し、国際的なサプライチェーン・輸送ネットワークに対する圧力も弱まるでしょう。つまり、インフレ高騰の原 因の一つが弱まるものと考えられます。このプロセス は、購買力の低下を背景とした需要の減少によってさら にゆるがなくなるでしょう。これ自体がインフレの直接的な結果です。サプライチェーンの圧力緩和という形 で、その初期の兆候はすでに現れています(図3)。

 

 

Figure 3 Pressure easing in the supply chain

 

 

3番目に、今後のインフレ展開を考えると、現在のインフレが経済主体に吸収され、経済の新たな不均衡が生じな いようにすることが重要です。そういう意味では、賃金の改善は不可欠です。重要なのは、企業がインフレの負担を完全に、または大部分を背負わないことです。結果的に、物価と賃金の上昇のスパイラルを引き起こすからです。今のところ、ユーロ圏はこうした兆候は見られません。賃金の上昇は3%程度で、限定的です(図4)。

 

 

Figure 4 Wage rise limited

 

 

これは 8%のインフレ率を大きく下回っており、欧州企業の値上げ傾向にブレーキをかけることになります。賃金交渉のプロセスでは、基本的な要因によるインフレ圧力が変化しないこと、サプライチェーンにおける圧力が緩和されることなど、上記に挙げた問題が考慮すべきことになります。ユーロの守護神としてECBも重要な役割を果たします。経済関係者は、ECBが適切な対策を行 い、最終的に物価の安定を約束してくれると期待しているのでしょうか?こうした要素はすべて、インフレ予測に集約されます。数値的には上昇しているものの、現状では過度に懸念する理由はありません(図5)。

 

 

Inflation expectations up

 

 

こうした推論の結果、現在のような高いインフレ率が続く可能性は極めて低いという結論が出ました。エネルギー指数と食料指数の一時的な上昇を前提にした試算によって、 この結論はさらに裏付けられています。

計算による見解の確認

2022年6月から2023年末までの予想インフレ率を簡易的 に算出しました。これには、月次指数の前年同月比変化 率 を確認することが含まれています(たとえば、2022年 6月と2021年6月の差)。今回は次のようなアプローチで考えました。

該当期間については、エネルギー、食品(酒類・たばこを含む)、コア(基幹産業)を構成する価格指数を算出しました。2022年6月以降のエネルギー・食料の指数展開については、2015年から2019年までのサブ指数の上昇 の平均値を前提としています。したがって、現在のようなエネルギーや食品価格の上昇は長く続かないというのが当社の結論です。その理由を説明します。

エネルギー価格については、ロシアのウクライナへの侵攻とそれに伴う制裁措置が、価格高騰の根本的な要因であると考えます。こうした状況を背景に、原油・ガスの 価格は記録を更新する勢いの高騰が続いています。しか し、ロシアの原油・ガス供給に大規模な障害が生じるなどの二次的な衝撃がなければ、これ以上の価格高騰は考えにくいと言えるでしょう。ここで言う二次的な衝撃とは、 ロシア産原油の輸入禁止、あるいはロシアからのヨーロッパへのガス供給停止などが挙げられます。しかし、実際にはどれも実行されていません。6回目の制裁措置で、 EUはG7のロシア産原油の輸入禁止に同意したものの、 このEUの禁止措置が発動するのは、あと半年後です。さらに、G7は制裁による原油価格への影響を抑える方向で動いています。確かに、ロシアはガスの供給を減らしているようです。しかし、ガスの供給を完全に停止するか否かは疑問です。戦争の資金が必要なロシアにとって、 労せず得られる収入源(現在のような価格高騰の状態では特に)を失うのは得策とは言えないでしょう。こうし たロシアの行動は、エネルギー市場の混乱を長引かせる可能性が考えられます。しかし、世界銀行とOECDは 「エネルギー価格は徐々に安定化する」と予想してお り、当社の見解も両者と一致しています。食料価格についても同様で、ウクライナの生産と流通の問題による供給への圧力は、米国、アルゼンチン、ブラジルなどの 国々での増産で吸収されています。

 

 

Figure 6 High inflation in eurozone won't stay

 

 

当社の試算結果を図6に示します。ユーロ圏のインフレ率 は今年7月にピークを迎え、年末まで次第に低下し、 2023年初頭から低下傾向が加速すると予測されます。その結果、2023年末には2%強のインフレになると思われ ます。

試算結果予測は次の通りです。6月のエネルギー指数は 156で、2023年末には160に達すると予想されます。食品インフレは121から124になります。これは、それぞれ2.5%、2.4%の増加です。コアインフレ率の推定は、短期間かつ直近の期間(例:2020年7月から2022年6月まで) のサブ指数の平均上昇率に基づいています。現在のイン フレの第2ラウンドの影響と上述したインフレに対する潜在的な(下方)圧力を考慮に入れています。2023年末ま での予測期間では、コアインフレ指数は111から114に上 昇し、3.3%の増加となります。HICPの算出には、2022年6月以降のサブ指数の加重を採用しました。

この図は、現在のインフレにおいてエネルギー構成要素 が非常に大きな役割を担っていることを明確に示してい ます。その影響は(予測される)エネルギーのサブ指数から明らかであり、当社の試算によれば、2022年12月に 157に達し、2021年12月の指数比で26%上昇します。し かし、2023年3月の指数を2022年3月(指数154)と比較すると、2%強の上昇、すなわちインフレが起きていることがわかります。言い換えると、2023年の下落は、2022 年のインフレ急上昇の鏡に映った姿と一致します。これは、簡単ではあるものの、強力な数学的推論で、これ以外の仮定が必要ありません。現在の高いインフレは長期間続くわけではありません。

当社の試算では、HICPの平均値は2022年に7.9%、2023年に3.5%となり、コアインフレ率はそれぞれ3.6%、2.9% で推移します。ECBでは、2022年と2023年のHICPをそれぞれ6.8%と3.5%、平均コアインフレ率を3.3%と2.8% と予測しており、当社と近似する数値だと言えるでしょ う。つまり、インフレ予測はECBの公式目標から依然として乖離せず、現在のECBの穏健な政策は理にかなって見えると結論づけられそうです。

John Lorie(チーフエコノミスト)
john.lorie@atradius.com
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Theo Smid(シニアエコノミスト)
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Dana Bodnar(エコノミスト)
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