グローバル・バリューチェーンに対する パンデミックと紛争の影響

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2022/05/24

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)、そして最近のロシアのウクライナ侵攻は、世界のバリューチェーンにかつてないほどの試練を与えています。

  • 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)、そして最近のロシアのウクライナ侵攻は、世界のバリューチェーンにかつてないほどの試練を与えています。需要と供給面での衝撃は、サプライチェーン全体に、ロジスティクスの分断、設備や労働力、さらには半導体などの中間財の不足などにわたる、複数の問題をもたらしました。
  • ただし、課題はあるものの、グローバリゼーションが大きく後退することはないと私たちは考えています。バリューチェーンの主要な経済的合理性 - 労働力の、つまり、企業が比較的賃金の安い地域に生産を移行すること - はいまだに見られます。さらに、代替戦略を採る必要のない国が少なくありません。
  • サプライヤーや顧客の多様化、または生産拠点の国内回帰などの代替戦略にも否定的な側面があり、必ずしも構造安定性や回復力を強化しないと考えられます。

新型コロナウイルスがバリューチェーンに与えた衝撃

新型コロナウイルスの感染の広がりは、世界経済に突然の衝撃を与えました。感染の世界的な広がりはグローバル・バリューチェーン (GVC) 全体に深い分断を作り出し、それにより、世界的な生産ネットワークの脆弱性が明らかとなりました。パンデミックの期間に生じたバリューチェーンの分断には、需要サイドと供給サイドの両方に原因があります。ロシアとウクライナの紛争は、既存の混乱をさらに悪化させました。物価の上昇を招き、欧州のバリューチェーン、特に自動車分野を歪ませることになりました。

供給サイドでは、中国での工場閉鎖によって、パンデミックの早い時期に生産が影響を受けました。2020年の1月/2月のことです。中国はGVCの中心的な立場にいるため、パンデミックは加工品の世界生産に対してすぐに影響を与えました。2020年春に中国の生産が回復を見せたときには、パンデミックはヨーロッパおよび米国に移行し、そこでの工場閉鎖を引き起こしました。それによりヨーロッパおよび米国からの調達が困難になり、中国の製造に再び影響を与えました。経済界がウィルスに適応し、制約の規模が縮小した2020年の後半から、世界生産は回復を見せ始めました。2020年の第4四半期には、世界生産はパンデミック以前のレベルまで回復していました。工場は未だに閉鎖されることがあります。これは特に「ゼロコロナ」政策を採用した中国で見られます。しかしながら、世界生産レベルは、製造業が新しい感染の波に対して比較的耐性があることを示しています。

需要でみると、不確実性の高まり、収入の減少、さらには店舗の閉鎖などの物理的な障害により、パンデミックの当初は世界的に需要の落ち込みが見られました。しかしながら、2020年の後半からは、経済活動が再開したこと、家計が貯蓄の取り崩しを始めたこと、さらには各国政府が経済刺激策を実施したことにより、需要が回復しました。また、在宅勤務の影響もあり、消費形態は(国内)サービスから電子製品・機器などの(輸入)製造品にシフトしています。これにより、貿易取引の需要が高まり、輸送セクターの物流に混乱をもたらしました。輸送コンテナを不適切に配置したことで、運送費は高騰しました(図1参照)。さらに港湾労働者やトラック運転手不足から、港によっては積み荷の取り扱いに問題が生じました。最も影響を受けた港の一つはロサンゼルスのロングビーチ港で、2022年1月には停泊中の船舶数が記録的な高レベルまで増加しました。世界全体を考えると、直近数カ月間も、状況は大きくは改善されていません。

 
 

 

 

 

(JP) container shipping cost

 

 

 

 

工業製品の需要の急増に対応しようとして、在庫は通常よりも早く取り崩されることになりました。在庫レベルは過去の平均値よりもいまだに低いものの、複数のセクターではここ数か月、在庫のひっ迫具合に緩和が見られます。例外は半導体業界です。この業界の生産能力はすでに逼迫しているにも関わらず、多くの受注が見られます。半導体不足は主に需要によるものです。車両販売が急速に改善したこと、ロックダウンを背景に、半導体が主に使用されている電気製品の需要が増えたことが原因です。

半導体に依存している業界以外でも、装置または材料不足に悩まされている企業があります。2022年第2四半期には、実にEUの製造業の51%が、生産制限の要因は装置不足であると報告しています。この数字はドイツで最も高く、77%となっています (図 2)。米国の企業は原材料不足も訴えています。 ロシア・ウクライナ戦争の勃発は、既存のサプライチェーンの歪みと物価の変動に拍車をかけています。ロシアとウクライナは欧州のサプライチェーンの一部ではあるものの、製造セクターにおいて重要な役割を担っています。この影響は、特に自動車業界に顕著に表れており、生産を制限、あるいは停止するメーカーも出ています。ウクライナは、パラジウム(触媒コンバーターに使用)やネオン(マイクロチップ製造用レーザーに使用)など、さまざまなレアメタルの主要産出国です。

 

 

 

 

(JP) manufacturing firms

 

 

 

 

同様に、労働力不足もEUおよび米国における製造業の回復に対する主要なリスクです。ドイツでは、政府による一時休業政策のおかげで多くの雇用が守られましたが、製造業の雇用は(堅調な需要にも関わらず)2020年の落ち込みから回復していません。ドイツの製造業の38%が労働力不足に直面していますが、EU全体で見ると28%です。

徐々に解消される混乱

当社は現時点において、サプライチェーンの混乱は急速にではなく徐々にしか解決されないと見ています。輸送コンテナを適切な場所に配置できるようになるのは2023年と見られており、それまで輸送コストの高騰が続くでしょう。半導体についても、2022年も引き続き不足する状態は続くと思われます。最新の情報によると、アジアの大手チップメーカーが生産量を増強し、チップ不足はピークを過ぎたとも言われています。消費者の消費財の消費からサービスの消費への回帰が始まったことも、半導体不足解消への後押しになっています。しかし、それが解消されるのは2023年になるでしょう。

金融危機後のグローバル・バリューチェーンの動向

新型コロナウイルスのパンデミックが発生したのは、世界生産の主要な推進力がすでに曲がり角にあったときでした。1980年代以後の数十年間、貿易協定や輸送コストの低下のよって実現した貿易コストの削減効果を背景に、グローバルな製造工程は爆発的に増えました。加えて、情報テクノロジーや通信技術により、通信コストが減少しました。その結果、グローバル・バリューチェーンの世界生産に占める役割が非常に重要になってきたのです。過去30年間のGVC傾向において最も特筆すべきことは、中国の世界経済への参加でしょう。1990年には、ドイツ、米国、日本が大陸を横断する貿易の流れを中継する3つの中心的な拠点でした。中国のGVC参加度は極めて低く、小さな点に過ぎませんでした。しかし2019年には、中国は日本に代わるアジアの中心的な拠点となり、アメリカに代わって世界で二番目のGVC拠点となったのです(ドイツが第一位)。

2008年/2009年の経済危機後、世界生産の成長は失速しました。労働コストと生産性の差から生じる利益など、グローバリゼーションから得られた恩恵の多くは、すでに利用し尽くしていました。政策面では、自由貿易から、国家経済政策の介入主義や保護主義への回帰へと、考え方に振れが生じ始めました。ドナルド・トランプ政権下に勃発した米中貿易戦争は、この流れを表す例といえるでしょう。グローバリゼーションは確かに頭打ちになってきています。世界の対GDP比の輸出割合は、2008年以降、ほぼ一定に推移しています。米国と中国については、2008年以降、GDPに占める輸出の割合が停滞またはやや減少していることが確認されています。ドイツについては、こうした減少は見られません。

 

 

 

(JP) Participation in Global Value

 

 

 

 

もう一つの指標であるグローバル・バリューチェーンへの参加度については、 米国と中国に停滞が見られるものの、大きな変化は見られません(図3参照)。2018年までのデータのみで、米中貿易戦争とパンデミックの全期間のデータはありません。2009年のGVC参加度は減少していますが、これは経済危機による「大不況」が原因で、その後は回復が見られます。2018年には平均して高い水準を維持しましたが、この停滞はグローバル化から得られた利益の大部分が回収されたことを示しています。

 

新型コロナウイルスとロシアとウクライナの紛争はGVCへの参加度に影響しません

新型コロナウイルスのパンデミック、最近ではロシア・ウクライナ紛争がGVCに課題を投げかけています。パンデミック当初の貿易の落ち込みは、感染拡大が引き起こした需要と供給の二重のショックを反映したものでした。経済活動が再開され、2020年の後半以降に商品需要が高まりました。しかし、それにより新しい障害が生まれました。多国籍企業も、地域の小規模なサプライヤーも、その障害の悪影響を受けました。新型コロナウイルスの世界的な大流行の後に行われた調査によると、大企業や多国籍企業の経営陣は、事業活動がコロナ以前に戻るには数年を要すると考えているようです。

新型コロナウイルスとロシアとウクライナの紛争によって、GVCが衝撃に対して脆弱過ぎるのではないか、という以前からあった論争が再燃しました。経済的合理性は引き続き維持されているので、GVCのあり方はあまり変わらないのではないかと予測する経済学者もいます。GVCは、企業の効率的な調達を可能にしたり、国内経済の外にある知識や資本へのアクセスを可能にしたり、さらには経済活動の新規市場への展開を可能にするなど、多くの恩恵をもたらしました。また、新型コロナウイルスはGVCのリスクとメリットの新たなバランスを見直す契機となると考えている人もいます。企業は、生産拠点の海外移転、サプライヤーの多様化、さらに在庫の確保など、サプライチェーンの回復力を改善するための複数のオプションを考慮することができます。

第一のオプションはリショアリング(生産拠点の国内回帰)、またはニアショアリング(近隣諸国へのアウトソーシング)です。これはおそらく最も思い切った方向性です。これは、GVCを定義づけている要素、つまり業務の細分化と地理的分散を変えることになります。さらに、効率の向上に限りがあるため、GDPおよび収益の低下につながります。生産拠点の国内回帰の主要な動機は、(パンデミック後には高い自立レベルが求められる)政策環境と、生産工程の部分的な自動化というものになり、労働力の裁定取引機会の妥当性はなくなってきます。労働力の裁定取引とは、労働力が安価な地域に生産拠点を移転することです。近海領域での生産は戦略的な考えかもしれません。例えば、エネルギー、機密技術、食料品、医療機器などの重要な分野では、ニアショアリングやオンショアリングが進む可能性もあります。

ただし、注意したいのは、生産の現地化が必ずしも衝撃に脆弱ではないと言うことです。世界的なパンデミックの状況を見ると、ほとんどすべての経済活動が、程度の差こそあれ、需要と供給の両方で影響を受けています。つまり、生産拠点を国内に戻しても、ロックダウンにより影響を受ける可能性があるのです。さらに、生産事故、自然災害、金融リスクなど様々な性質の出来事は、あらゆる場所で起こる可能性があります。そのため、生産の現地化が堅固なバリューチェーンを保証するとは限りません。反対に、新型コロナウイルスの感染の世界的な広がりにあって、バリューチェーンは、不可欠な医薬品の供給不足に対処することも可能でした。例えば、韓国では新しい産業が生まれ、同国は何百万もの新型コロナウイルス用検査キットを100か国以上に輸出しました。これはパンデミックの始まりから一か月足らずで起こったことです。

では、ウクライナ戦争は脱グローバリズムへの大きな一歩となり得るのでしょうか?東洋、中国、インド、中央アジア諸国に対するロシアの姿勢が大きく転換することは間違いないでしょう。しかし、これらの経済圏の貿易額は世界的な規模で見ると小規模な数値にとどまっています。しかも、ロシアのGDPが世界経済に占める割合は2%未満です。中国が、先進国との貿易関係を傷つけるような地域貿易構造を作りたがるとは思えません。先進国地域は、依然として中国の工業製品の輸出先であり、主要技術の供給源でもあります。米国およびその同盟国である欧州やアジア諸国との貿易は、中国の対外貿易の70%以上を占めているのに対し、ロシアやインドとの貿易はわずか4%に過ぎません。

新型コロナウイルスのような衝撃がリショアリング(製造業の国内回帰)の加速につながるかどうかは未知数です。2011年の東日本大震災など、以前のサプライチェーン・ショックでは、生産のリショアリングやニアショアリングが加速されることはありませんでした。しかし、輸入先の国は日本への依存度を下げ、低コストの新興国を選択しました。新型コロナウイルスを契機に、リショアリングは保護主義的圧力にさらされがちなハイテク産業にとってのみ実行可能であり、可能性の高い選択肢であると考えられます。これには、医療機器などの必需品、あるいは経済的または技術的な観点から見て戦略的に重要な品物(例えば、自動車や電子機器)などが含まれます。

第二のオプションは供給の多様化で、GVCを解体するのではなく、活用するソリューションです。バリューチェーン内の複数の生産手順でサプライヤーを多様化することは、ある地域でサプライヤーが悪影響を受けても、別の地域からの供給で補うことができるため、構造安定性と回復力が高まります。しかし、代替サプライヤーを保持することは、生産設備や原料をカスタマイズし、複数のサプライヤーが中間財を調整して、異なるメーカーからの構成部品に合わせられるように合うように投資する必要があるため、追加コストがかかります。半導体メーカーなどの特定の業種は数か国に集中しています。生産には多額の先行投資が必要なので、サプライヤーの数が限られるからです。この場合、中間財の供給の多様化はさらに困難になります。

サプライチェーンのデジタル化は、調整および管理の機会を増やし、容易かつ安価に多様化することができる主要な要素です。多様化は、繊維やアパレル産業などの、ローテクで低コストの産業に向いています。多様化は、ローテク産業に加えて、サービス産業、特に高付加価値サービスにも機会を提供します。

最後に、GVCの構造安定性を強化する上で最も簡単な方法はおそらく、在庫をより多く抱えることです。この戦略は同時にコストがかかります。利益志向の企業は過剰な在庫を抱えることには気乗りしないでしょう。資本が拘束されるだけではなく、在庫管理、倉庫保管、維持、損傷や盗難の防止が必要となるからです。さらに、在庫として抱えている間に、有効期限が切れたり、トレンドが過ぎたりする場合があります。新型コロナウイルス危機に際して多くの企業は在庫を増やし、原材料を貯えましたが、この傾向は長くは続かないでしょう。

コストの上昇は、現在のサプライチェーンの問題とは関係なく発生するでしょう。グローバル・バリューチェーンの主要な経済的合理性は維持される、という当社の考えは、2008年/2009年の経済危機および2011年の日本での震災に見られた、過去のサプライチェーンの危機の経験に裏付けられています。

Theo Smid, シニアエコノミスト
theo.smid@atradius.com
+31 20 553 2169

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